再見「ロングランエッセイ」の+と-

59:「 アルベロベッロ 」  住宅雑誌リプラン74号(2006年10月1日)より一部転載

 アルベロベッロ到着は、夜遅くになった。
ガイドが朝食の後に案内してくれた集落は、全てがとんがり帽子で、見ているだけで、顔がほころんできた。おまけに傾斜地なので、奥にあるとんがり帽子が、前のとんがり帽子に重ならずに、とんがり帽子が次々と出てくるように見える。
 観光客が増えたせいか、みやげを売る店も多いが、なかには自家製の小物やレースを売っている店もあるので、土地の暮らしが見えてくる。道沿いの花やベンチも考えて置かれていてきれいだけれど、観光地っぽいにおいがして気になった。でも、とんがり帽子の家並みを見たときの感動は、はるかに魅力的だった。このアルベロベッロにも日本からのバスツアーの人がたくさん居た。お国訛りのきつい年寄りたちも、すごいねーと、みやげ屋をのぞいていたが、かつて、あなたの住んでいた集落を、見たら、ここの人も同じくらい感激したと思うよ。
このとんがり帽子の中は、白い漆喰に包まれた小ぶりで親密感のある空間が連続していて、また顔がほころんだ。そう、アルベロベッロでは、顔がほころびっぱなしであった。

+: イタリアの中世山岳都市をいくつかの巡る旅で、アルベロベッロの集落を見た時の驚きは、最も大きかった。その他の古い都市も魅力的で、塔の街サンジミニャーノや競馬のシエーナも楽しかったが、まだあまり人が訪れない十二、三世紀にできた街で、古い石造の家を使って、工房を造ってアトリエと店にする人や、改装して民宿を作っている人たちがいた。私たち三人は、ちょっと意地悪な運転手(まったく日本語を話さなかったくせに、最終日に奥さんが日本人と白状した)と一週間近く、山岳都市をまわったが、アメリカ人ツアーのバスが多く、この人たち向けの開発が進んでいるようで、まだ、それほど人が訪れていない古い街でも、石造りの家をアトリエにして、作ったものを売る人や泊まれる設備を付けてホテルにしようとしている工事現場が見受けられた。
 山岳都市では敷地が狭い上に石造りのせいで、隣との壁を壊せないまま、街がひと塊になって五、六百年経ち、住む人が少なくなったなかでの、新しい動きを感じた。と同時に、「街や建物が、簡単に壊せないことこそ大事なのではないか」と、あの時、私は気が付いたに違いない。