再見「ロングランエッセイ」の+と-

58:「 水ぬるむ 」  住宅雑誌リプラン73号(2006年7月1日)より一部転載

 東京台東区にある彫刻家・朝倉文雄の旧宅を利用した朝倉彫塑館は、建物と渡り廊下でぐるりと囲まれた中庭をすべて池にしている。湧き水を利用しているといわれるが、水は縁側の下まで入り込み、深さは1メートルを超えるので、たっぷりとした水を湛えていて、水面にかぶる樹の枝にも趣があり、おおらかで鷹揚な魅力を持っている。訪れたのは夏の暑いときだったが、水面を渡る風も頬に心地よく、北海道でもつくってみたいと思った。
 五年ほど前に、水の魅力を楽しめる家をつくろうと、居間の前に深さ四十五センチ程の池を造った。池も樹木と同じように冬囲いをしてやれば、池の水はそのままにしておいても大丈夫である。桟を渡して筵をかけておけば上のほうの水は凍るが、底まで凍れ上がることはないので、ドジョウや金魚も春には元気に顔を出す。夏の日射や気温の上昇で池の水もかなり蒸発するが、気化熱を奪いながら建物周りの温度を下げているから、屋外を冷房していると考えれば良い。
 池があるおかげで、雪囲いの無い八ヵ月の間、風や雲や雨やお日様の加減で刻々と移り変わっていく水面の様子を眺めているのは楽しい。
 

+: 定山渓に、カレーライスが美味しいと評判の日帰り温泉がある。雪が降る頃になると、湯気のたちのぼる大きな池のようなお湯に浸かるのは、野趣があって好きである。近ごろのホテルにある露天風呂は、屋根があることが多い。広くない露天風呂だと雨や雪のせいで、お湯の温度が下がるのを避けるからだという。私は、温泉街にある川から、湯気が上がる景色が好きである。寒さが厳しいほど湯気の上がるので、一つの露天風呂から湯気が上がるより、街全体があったかくなってる感じがするし、歓迎してくれてる感じがする。秋に定山渓にオープンしたホテルは、エントランス棟だけ、木造平家にできたおかげで、やさしい寄り付きにできたので、前庭や脇庭にわずかな水の流れをつくり、低い温度の水を流すことにした。木造の屋根には雪が積もり、小さな流れからは、湯気が立ち上るようにと思って造ったので、雪の降るのが待ち遠しい。夕方の灯りを湯気が揺らしてくると良いと思っている。