再見「ロングランエッセイ」の+と-
42:「 カンテレ 」 住宅雑誌リプラン57号(2002年7月1日)より一部転載
フィンランドの民族楽器カンテレの演奏を聴いた。もともとは、五本の開放弦を持った極めて単純な楽器だが、今回聴いたのは、たくさんの弦を持ち、半音階も出せる演奏会用に造られたものであった。そうは言っても、細い弦をはじいて奏でられる音は、あまりにもか細く、耳をそばだてるようにして聴いた。会場のみんなが、シーンとしたところに流れるカンテレの音は、次第に大きく聴こえるようになり、その音は、雪解けの清水のように、心のなかにさわさわと染みわたっていった。多くのひとは、初めてカンテレを聴いたというが、皆、その静かな音色に感動していた。カレリア出身のフィンランド大使夫人は「故郷を思い出して、すこし、ホームシックになったわ」としみじみと語った。大きなガラスを通して見える北大の農場も、フィンランドの風景ではないかと思えた。
いつもは、テレビの音に充たされている住宅のなかでも、耳を澄ますような時間を作ってみてはどうだろうか。いままでのように空間を見るのではなく、空間を聴くことができるかもしれない。
+: 辻邦夫の「円形劇場」という作品の中に、大きな空間の持つ音の魅力が、描かれている。イタリアを訪れた男が、大きな石造の円形劇場のなか、回廊をぶらぶらと歩いていると何処からか、かすかにアリアが、聴こえてくる。そのアリアの主を尋ねるように、かすかな音を頼りに、少しずつ近づきながら、そしてまた、少し遠くなりながら、回廊をうろうろする様子を本のなかに描いている。
コロッセオの写真を見ると、ふと、さまよう男の姿が見えないかと思ったりするが、もしかすると私がコンクリートブロックを現しにした家を造るのも、この物語を知ったせいかもしれない。幻のアリアの主を探しているのかもしれません。